京都の能面師、寺井一佑氏vol.1 職人の工房
10月の京都、私はとある住宅街にある工房の前に立った。
50年あまり技を磨き続ける能面師、寺井一佑さんの作業場である。
能とは室町時代に完成され、600余年続き現代に生きる日本の古典芸能のことだ。能の世界観を作り出す道具は幾つかあるが、その中でも見るものの目を引き付け、最も重要な意味をもつのが「能面」。約80種もある能面は、流派によって使い分けられる。
今回は能面に魅せられ能面作りに人生をかけるひとりの能面師、寺井さんの話をしたい。
【能面職人の現場】
まず家に入ると、ほのかに木のかおりが鼻をくすぐり、工房特有のひんやりとした静かな雰囲気が漂う。
能面を作る部屋には所せましと道具が並んでいて、手の届く範囲にすべて置いているのだろうと想像できる。階段には面の材料と思われる木が積まれていて、先ほど感じたのは能面に使われる檜の香りだったのだと気づいた。
まだ何もわからない能面師の世界、今日はどこまで知れるだろうかと期待が胸に膨らむ。
寺井さんは私たちのためにさっそく金泥の塗りを見せて下さった。
【金泥と能面】
そもそも金泥が能面に使われるということ自体、あまり知られていないように思う。
能面が出来上がるまでには最低3か月もの時間を要し、その間には数多くの工程がある。
至善堂の金泥を使い、塗りの作業を行うのもその一つ。今回は親子で使われることの多い“獅子”の金泥塗りを披露してくださった。
自分の一刀で印象が全く変わる“彫り”が終わって入る工程、金泥塗りは楽しいのだとか。
「金泥を塗ると、檜から出るヤニが止まるのです。しかも至善堂の金泥は伸びが本当に良くて、少量でも足りますから助かります。やはり金が持つ不思議な奥ゆかしさと有り難さが身に沁みますね。」確かに一筆で顔全体が金に塗られていくのを見ていると、金の量がまるで増えているように思えるほど伸びていく。寺井さんは金泥のとき方、扱い方も熟練されている。筆を重ねたところは深みが増し、理詰めではなくその時の感覚を頼りに作っていく様は、見ていてもあきがこない。金泥でヤニが止まるという私たちでも知らない事実を知り、また一つ金の力を思い知らされることとなった。
後編: 京都の能面師、寺井一佑氏vol.2 能面師ということ
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Nohmask by Ichiyu Terai | 寺井一佑の能面
2,880時間かけて能面を製作するプロセス。50年以上能面を作り続けるベテラン能面師/Craftsmanship Process - SUIGENKYO